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在宅療養の実際


在宅医療のメリット 本人の精神的安定と、家族のQOLの向上


国が在宅医療を推進する理由は財政面からもわかりやすいところですが、患者本人やその家族にとっての在宅医療の利点(メリット)とは、何でしょうか。

まず最初に指摘すべきは、何と言っても「住み慣れたわが家でリラックスした状態で診療を受けられ、療養できること」でしょう。


入院や通院の場合、基本的に病院と医師の都合によって、すべてが決まってきます。診療報酬体系からの制約(いわゆる180日ルール、入院基本料の逓減制)を受け、現在は同じ病院に3ヶ月以上入院することが難しくなっています。

また患者の平均在院日数が短い病院の診療点数が優遇される仕組みのため、病院側があらかじめ入院できる期限を設定し、本人の意向を汲まずに退院を促すことも、ごく普通に見られる光景となっています。

今日ではよほどの重病や大きな手術でない限り、最大2週間程度で退院を迫られるケースが多いのではないでしょうか。

このように治療スケジュールから内容に至るまで病院側に主導権を握られている状況下では、患者にさまざまな精神的なストレスがかかってくることは否めません。


病状の急激な改善が臨めない病気、認知症などストレスと病状の関連性がよくわかっていない病気、あるいは末期がんなど緩和ケアが主体となってくるケースでは、本人が日々受けるストレスをできるだけ減らして、精神的な安定を保つようにすることが大事です。


在宅医療の問題点


在宅医療のメリット 本人の精神的安定と、家族のQOLの向上 では在宅医療のメリットについて記しましたが、その普及を妨げる問題点(デメリット)についても、主な点を整理しておきましょう。


現状特に地方において、在宅医療を中心としたシステムへの移行に立ちはだかる、以下の問題があります。


(1)在宅医療の普及を妨げる、在宅医のなり手不足 で述べたとおり、在宅医サイドの「24時間365日体制」を文字どおり実現するのが難しい。


連絡体制とスピーディな往診ができるなら最低限の環境は作れますが、それにはどうしても「複数名から成る、連携のとれた在宅医療チーム」が必要になります。

在宅医療のみならず、施設医療においても医師や看護師が不足している地方では特に、その実現が難しくなっています。

とりわけ在宅医療への志が高い開業医の場合、自前の経営資源だけではほぼ不可能なため、外部のコールセンターなどを活用した患者・家族との確実な連絡体制づくり、そして地域の医療機関や他の専門医との医療ネットワークづくりなどが、今後の重要なテーマとなってくるでしょう。


(2)在宅医療は地域の病院(高次機能病院)とセットになってその真価を発揮できるが、病院へのスムーズなアクセスの確保が難しい地方・地域がある。


複数の病気を持つ高齢者は少なくありませんが、慢性疾患で在宅で医療や介護を受けている状況下で突然、急性疾患の症状を呈することがあります。

認知症患者が脳出血を起こしたり、老衰で寝たきりの患者が吐血や肺炎を起こすケースなどが、それに当たります。

脳梗塞や心筋梗塞等では、治療においてまさに一分一秒を争う状況に置かれることがあります。

このような緊急時は、急患の受け入れが可能な体制と設備を有した「高次機能病院」が近くにあるか否かが、生死をわけることにもなりかねません。


比較的すみやかに救急搬送が行える程度の圏内に高次機能病院があること、そしてこれら高次機能病院とかかりつけ医との間で適切な医療連携ができることが、必須になってきます。

高次機能病院は都市圏に設置され専門医も集中していること、加えて地方では中央の病院までの搬送時間の長さが障壁として横たわり、都市圏との治療格差を生じさせています。

地方の自治体はこれを解消すべく、ドクターヘリの導入や待遇向上による医師や看護師の充実をはかるべく努力していますが、患者側が妥協して老後は高次機能病院のアクセス圏内に居を構えない限り、在宅医療においても不安が拭いきれないのが現状です。


退院後の在宅医療~問われる本人・家族の意思


本人の現在の病状と希望、そして様々な理由から思い切って退院し、在宅医療に切り替える決断をしたと仮定します。

在宅医の探し方と、その注意点 で記した在宅医の選定以外にも、介護保険関連の申請や住宅改修・福祉用具の手配、そして自治体の独自サービスの利用申請など、事前に成すべき準備や手続きがたくさんあります。

退院してから訪問診療医・看護師とのコミュニケーションをはかる迄の時期に注意すべき点もまた、いろいろあります。


なかでも、本人はもとより家族が「これからは在宅での医療をベースに生活するのだ」という強い意思と覚悟を持つことの大切さは、いくら強調してもし過ぎるものではありません。

在宅医療の普及が進まない現状を見れば、いま病院で治療を担当する医師が必ずしも在宅医療に理解を示すとも限りませんし、在宅医と積極的にコミュニケーションをとってくれるかどうかすら、家族としてはわかりにくいものです。


当初本人に体力があることから、通院による治療を併用する場合、病院の担当医と在宅医の両方と接していくことになります。

もちろん、医師間において本人の臨床経過や今後見通しなどについての情報はやりとりされますが、在宅医が病院側から得た情報と、本人や家族から聞く話との間に様々なズレが生じることも実際珍しくないようです。


特に本人が自分の現在の病状をどう理解しているか、また在宅で行なわれる医療の具体的なイメージ、さらに終末期における非常時の病院への搬送や再入院・あるいは看取りの問題について、それぞれが自分に良いように解釈したままで、同じ認識が共有されていないケースがあまりに多いのです。

在宅療養後の再入院に備えて~診療情報提供書・看護サマリーの入手 ご参照)


在宅での看取り・救急搬送と治療~家族として備えるべきこと


在宅医療の終着点は、「よく看取ること」にあると言えるかもしれません。

亡くなる瞬間に共にいるだけでなく、本人が住み慣れた自宅で家族に見守られながら旅立つことが、すでに現代の日本で大変に難しくなっていることは 在宅医療とは~背景にある国の財政負担増、そして人々の思い でもご説明したとおりです。


家族としてきちんと看取りを行なうためには、あらかじめ(少なくとも「終末期」にあることを関係者が認識している段階で)、「やがて迎える死にどう対応するか」についてのコンセンサス(一定の合意)が出来ていなくてはなりません。

「眠るように安らかに亡くなる」ケースもあれば、様態が急変して救急車を呼ばなくてはならないケースもあります。

様態の変化をどう判断すべきか在宅医に相談できる時間的な余裕があるケースもあれば、突然深夜に本人が苦しみだし、誰にも相談する時間がない切迫した状況もまた、あり得るでしょう。

苦しみながらも本人の意識がはっきりしていて、意思表示を口にできるケースもあれば、意識の混濁や認知症等のために家族が本人の意思を確認できない場合もあるでしょう。


終末期の医療は、救急車で病院に運び込んで施す「救命医療」とは異なる面が多々あります。

また体力も免疫力も落ちている病状の終末期に治療を施すことで、残された体力のかなりの部分も奪われてしまいがちです。

家族はどうしても「治療すれば以前の状態にまた回復する」といったイメージを持ちやすいものですが、呼吸困難や肺炎などの合併症を併発することも多く、ケースバイケースではあるものの「終末期においては、治療によって必ずしも一直線に良い方向に進むとは限らない」ことを認識しておく必要があります。


治療ができるのにあえて行わないことは「治療の差し控え」となり、これは治療を施しながら途中でストップする「治療の中断」とは、概念的に異なるものです。

いったん病院に救急搬送して医師が治療を始めてしまうと、そう簡単に「治療の中断」はできなくなります。

病院は治療のために存在する機関ですから、患者を助けるための治療を、本人の意思も医師が確認できないままに中断しては、刑法上の責任を問われる恐れもあるためです。

したがって家族は、本人が「在宅で亡くなる」ことを希望しており、その思いを可能な限り汲んであげたいと思うのならば、日頃から在宅医とも十分に話し合って、万一の時に想定される状況を洗い出しておくべきです。


患者と家族にも必要な、在宅医療への当事者意識


患者および家族としては「医療費を支払っているのだから、在宅医や看護師に24時間365日何をどう頼んでもよい」ということにはなりませんし、また医療チームにべったりと全面依存する態度では、質の高い在宅医療を期待することも難しいでしょう。

在宅医療が全国的になかなか普及しない現状の背景には、いつどういう形で様体の変化が起きるかもわからない多くの患者に、医療チーム側が少ない人数で臨まなくてはならないという「サービス提供体制のぜい弱さ」が横たわっています。


もちろん国も問題の所在には気づいており、在宅医療の費用(1)~訪問診療費について でもご説明した「機能強化型の在宅療養支援診療所(在支診)」の診療報酬を手厚くするなどして、チームによる在宅医療の体制を政策的に強化することにより、医療サイドにかかる負担を減らそうとしています。


将来を見据えて在宅医療の強化をはかろうとする医療機関は、自分たちの役割分担を明確にし、専門家としてそれぞれの知見と経験にもとづく「分業」の体制と、患者の病状や治療方針の変化などの最新情報を等しく共有するための「連携(ネットワーク)」をどう効率よく確立していくかについて、真剣に考えています。


患者とその家族は、在宅医や訪問看護師と顔を突き合わせているときだけを在宅医療・診療とイメージしがちですが、医療側は直接の診察以外にも

・カルテの作成や更新
・薬や医療機器の手配
・他の患者のスケジュールとの調整を含む、次回日程の調整
・外部の介護者・医療機関への必要な指示や依頼の手配
・今後の治療方針に関わる、チーム内での情報共有

など患者側の目の届かぬところで成すべき仕事がたくさんあり、各々を誰がどのように担当すれば「効果的な医療」と「効率よいチーム運営」の両立ができるかについて、日々試行錯誤を重ねています。

在宅医療を提供する機関も、厳しい経営環境のなか採算をとっていかなくてはなりませんし、医療チームが疲弊してパンクしては、最終的に患者とその家族に迷惑がかかってしまうからです。


在宅療養~技術・費用面以外で知っておくべき、2つのこと


患者と家族にも必要な、在宅医療への当事者意識では、在宅医療の専門家に向かい合う家族の、当事者としての心がまえについて論じました。

ここでは、在宅での医療・介護技術や費用面に関わるテクニカルな知識以外に、家族として踏まえておきたい2つの点を指摘します。


まず1つめは、「本人が必ずしも、いま治療中・療養中の病気で亡くなるとは限らない」という現実についてです。

たとえば「認知症」「老衰」「がん」等は、症状の進行が比較的緩やかなため、世話をする側もこれからの予測を立てやすい病気です。

とりわけ「がん」はその種類によるものの、一般に高齢者は病状の進行が遅いことから、余命推測の確度も比較的高いとされています。


一方でがんは病状がゆるやかに推移した後、最後の1~2ヶ月に突然状況が悪化することが多く、この「終末期の病状急変の見極め」は、多くの症例を診ている専門医ですら極めて難しいのが現状です。

がんのみならず、脳や心臓・肺・腎臓・肝臓等の重要な臓器において他の病気を併発している場合は、判断がさらに難しくなります。これらの臓器が障害されて臓器不全を起こした場合は、「突然死」のリスクも高まります。


老衰や認知症のように、一般に病状の経過が緩やかな病気で自宅療養を続けているケースでも、容態が急変する可能性は常にあります。

加齢に加え長い在宅療養生活による免疫力の低下から、感染症による誤嚥性肺炎を繰り返したのち容態が急変するケースも、珍しくありません。

家族としてはそのような状況も想定に入れ、日頃から対策を考えておく必要があります。


緩和ケアとは~あらゆる病気を対象に、本人の様々な苦痛を取り除く


在宅医療に関心を持つ方なら「緩和ケア」という言葉はご存知でしょう。

しかし緩和ケア=末期がんにおける終末期医療と捉えているなら、それは正しくありません。

WHO(世界保健機構)が定義するところでは、緩和ケアとは「患者の人生を尊重しながら、痛み・苦痛・不快な症状から取り除き、患者とその家族の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を改善・向上させるための取り組み全般」を指します。

緩和ケアは必ずしも病気を治すことを目的とするものではなく、また「終末期の患者のみ」を対象とした「医学的な治療」に限定されていないことにも、注意が必要です。


薬物療法や放射線治療などの医学的対処ももちろん含まれますが、患者本人が住み慣れた在宅で、できるだけ自らが望む日常生活がおくれるよう看護面でのサポートを提供することが、緩和ケアの大きな割合を占めています。

「本人の症状と苦痛の緩和のため、様々な観点からお世話をする」というのが、最も近いイメージかもしれません。

緩和ケア(兵庫県立大学大学院看護学研究科 地域ケア開発研究所)【PDF】


実際にがん患者の7割が何らかの痛みを症状として持っていることもあり、一般に緩和ケアは"末期がん患者のためのもの"と捉えられがちです。

しかし緩和ケアは病気の種類を限定しておらず、がん以外の病気も対象になります。


今日の緩和ケアは、「治療の初期段階から、治療と並行して適用されるべき」という考え方が主流になりつつあります。治療法が無くなった後に、仕方なく移行するものではありません。

"医学的治療による治癒が望めない"とある日突然に判明したような場合、患者本人も家族もショックを受け、共に「精神的な」苦痛を背負うことになります。

身体的な痛みにとどまらず、メンタル面の苦痛もできるだけ和らげ取り除くこともまた、緩和ケアの目的となります。


「苦痛」は身体的・精神的なものだけと捉えがちですが、他にも「社会的な」苦痛、「スピリチュアルな」苦痛があると認識されています。

社会的な苦痛は家計など経済的事情や仕事上の悩み、そしてスピリチュアルな苦痛は自身の存在が消えることへの恐れや、本人の人生観・宗教観等から派生するものです。


4つの苦痛は「トータルペイン(全人的苦痛)」と総称されますが、患者本人にとってそれぞれの苦痛を感じる時期や度合いも異なります。とりわけ終末期の患者の場合、同じタイミングでいくつかの苦痛が重なって表れることも、珍しくありません。

早い段階から治療と並行的に行いながら、病状の進行過程における緩和ケアの占める割合を徐々に増やしていくことが、その望ましいあり方となります。

上述のWHOの定義においては、これらは「死を早めることも、また遅らせることにも手を貸さない」と表現されています。


緩和ケアについて、家族の立場から知っておきたいこと


緩和ケアとは~あらゆる病気を対象に、本人の様々な苦痛を取り除く では「緩和ケア」の概要についてご説明しましたが、ここでは在宅で緩和ケアを行なうことになる家族の視点から、いくつか注意したいことを記します。

まず在宅療養が中心であっても、一時的に病院への入退院を繰り返すことは十分あり得ます。

特に終末期においては、様体の急変や新たな症状が突然出てくることも多く、在宅医を通じて専門の外来病院に連絡してもらうような機会も増えてくるはずです。

そのため、これまで外来でお世話になっていた病院の担当医師やソーシャルワーカーとは、定期的な病状や環境変化などに関わる報告・相談などを通じて、できるだけつながりを絶やさないようにすることが大切です。


2点めは、在宅で緩和ケアに臨むとき、家族としてどういった心構えでいるのが望ましいか、ということです。

通常、緩和ケアでは在宅医・訪問看護師・ケアマネジャーらから成る「チーム」が編成されて、患者を支えることになります。患者の苦痛には多面的なものであり、支える側にもそれぞれの分野のスペシャリストが求められるわけです。

在宅医療・緩和ケアの経験豊富なメンバーばかり担当するチームにあたれば幸いですが、在宅医療のためのマンパワー・経験・機器類の普及が不十分な状況下、現場も試行錯誤してノウハウを積み重ねているのが現状です。


もちろん、家族として担当チームの提供するサービスに不満がある場合には、その旨をはっきり伝えたり改善を求めるべきですが、それと同時に在宅ホスピスがまだ発展途上である日本の現実について、一定の理解も必要です。

日本の在宅医療の体制が成熟したものであるならば、在宅死を希望する方が8割であるにも関わらず逆に病院で亡くなる方が8割を占める、現在のような状況は生じていないでしょう。


またたとえ在宅医療のスタッフが素晴らしくとも、たとえば介護事業者から派遣されるヘルパーとの意思疎通が上手くいかずに、全体のケアの過程に混乱を招くことなども珍しくありません。

在宅ホスピスチームや介護事業者の提供サービスに欠けていると感じる部分や、両者のコミュニケーションの不備について、それらを補なうための気配りを、家族が併せ持つことも大切です。

これは彼らのサービスを家族が代替して行なうという意味ではなく、患者本人のケアに関わる一員として問題を共有して一緒に考えていく姿勢を持ちたい、という意味です。


訪問リハビリテーションとは~概要と今後の課題


在宅医療の主なメニューのひとつとなる「訪問リハビリテーション(以下 訪問リハビリ)」について、ご説明します。


訪問リハビリは、(通院によるリハビリが困難な場合など)主治医が必要と認めた場合に、患者が在宅でリハビリを受けるものです。

指定を受けた病院・診療所・訪問リハビリテーション事業所等に所属する理学療法士(PT)作業療法士(OT)言語聴覚士(ST)が患者宅を訪問し、主治医の出す診療情報提供書にもとづくリハビリを行います。


主な役割分担としては、理学療法士(PT)は歩行や関節を動かす等の日常生活上の動作、寝返りや起き上がりに必要な筋力維持に関わる運動・マッサージ等を担当します。

作業療法士(OT)は工作・ゲームなどを通じた心身や社会復帰に関わるリハビリ、そして言語聴覚士(ST)は言語障害を起こした患者の発声・発話訓練や、喉頭に障害がある人の嚥下訓練等を担当します。


医療保険が適用される病院のリハビリと異なり、原則として介護保険が適用されます(医療保険が使えたり、両保険が併用できるケースもあります)。

ちなみに病院の外来リハビリと訪問リハビリはごく一部の例外を除き、同一疾患において併用できません。


要介護認定を受けていて、主治医が在宅リハビリの必要性を認めた人が対象になります(40~65歳未満で、16種類の特定疾病の人も含む)。

介護保険の被保険者なのに介護サービスが受けられない場合とは


「一回40~60分のサービス×週2回で、1ヶ月の自己負担額6~7千円前後」が、訪問リハビリの標準的な目安になります。

訪問リハビリの主な目的は2つあり、一つは病院のリハビリと同じく「廃用症候群を防ぐための機能回復」による社会復帰をはかることです。

【PDF】生活不活発病・廃用症候群とはなに?(熊本県理学療法士協会広報誌)


在宅療養における食事のポイント~訪問栄養指導の活用


加齢に伴って高齢者の食欲は少しづつ衰えてきますが、その要因は複合的なものです。

味覚機能はもちろん、目で盛りつけや色合いを楽しんだりする視覚、そして食欲をそそる匂いを楽しむための嗅覚などの「五感」が全般的に衰えてきますし、消化吸収機能の低下も進むことがその背景にあります。 


歯の喪失や口腔筋の衰えから生じる、咀嚼(そしゃく)機能や嚥下(えんげ)機能の低下も関係しています。

そして多くの場合、外出が減り家族以外の誰かと食事を共にすることも少なくなっていて、食事に楽しみを見出す機会が全体に減ってきていることもあるでしょう。

いわゆる「高齢者うつ」の症状として、食欲不振があらわれるケースもあります。

食事を簡単に済ませてしまうことによる、栄養バランスの偏りも心配されるところです。


在宅医療の観点で言えば、摂食障害・嚥下障害と診断された場合は、訪問看護師等による摂食・嚥下の訓練が行われることになります。


これは食べ物を用いずに口の開閉や舌の運動を行なうことによって摂食に関わる筋肉を鍛える「基礎訓練」と、実際に食事を摂りながら行なう「摂食訓練」に分かれます。あわせて口腔や義歯の清掃などの「口腔ケア」も行われます。

これらはいずれも機能の維持・向上を目指した訓練であり、家族が食事介助の片手間にできるものではありません。看護師や歯科衛生士による専門的・技術的な指導が必要になります。


そもそも食事という行為は、食べ物を咀嚼して飲み込む、すなわち嚥下(えんげ)の訓練(リハビリ)を兼ねているわけですが、その前にまず「食事が人としての生きる楽しみであること」を、忘れないようにしたいものです。


在宅療養と胃ろう~本人・家族が考えるべきこと


日々の在宅療養において、口から食事を摂れる限りは、身体が必要とする栄養は食事からまかなえるはずです。

その場合の注意点は、 在宅療養における食事のポイント~訪問栄養指導の活用でも記したとおりです。

しかし病状が進んで普通に食事を摂ることができなくなったときは、「経管栄養法」や「経静脈栄養法(CVポート)」による栄養管理が検討されることになります。


「経管栄養法」は設置した管を介して栄養・水分を補給するもので、よく知られているのは「胃ろう」です。

胃ろう」は胃に穴をあけ、一日に必要な栄養とエネルギー量が計算された専用の栄養製剤を、直接送り込むものです。


別の栄養の入れ方として、片方の鼻の穴から胃まで入れたチューブを経由して行なう「経鼻経管栄養法」もよく行われています。経管栄養は胃ろう以外にも、食道や腸に穴をあけて行なう「食道ろう」「腸ろう」もあります。

また「経静脈栄養法」は、心臓に近い静脈に設置した医療機器(CVポート)を通じて、血管内に栄養液を送り込む方法です。

こちらは血管に直接投与する過程での細菌混入による感染症リスクがあるため、その予防が重要になります。


在宅療養中に胃ろうをつけるか否か、最初の決断を迫られた時に悩む家庭は少なくありません。

胃ろうを造るかどうかは、本人が決定できる状態の場合は本人が、そうでない場合(すでに終末期にある等)は家族や法定後見人が医師と相談して、最終的に決めることになります。

胃ろうの造設は内視鏡手術を通じて行いますが、技術的にそれほど困難なものでなく、また健康保険も適用されます。


本人・家族が現在どういう状況にあるのか、あるいは患者の現在の栄養状態等によっても、胃ろうをつけるべきかどうかの判断は難しくなってきます。

たとえば食事をとれなくなってきた患者の病態が「末期がん」なのか、あるいは「認知症」なのかによっても、胃腸の栄養摂取力がどの程度残っているかは大きく異なってきます。


現状では、多少食事の飲み込みが悪くなってきたレベルでも誤嚥性肺炎が起きることが警戒され、早々に胃ろうをつける判断が成されるケースも少なくないようです。

(ただし日本呼吸器学会の「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」では、「胃ろう(PEG)の造設は、誤嚥性肺炎の予防には勧められない(有効性が期待できない)」としています。)

医療・介護関連肺炎診療ガイドライン【PDF】(社団法人 日本呼吸器学会)


胃ろうの大きな代償は、本人の「食べる喜び」の一部ないし全部が失われてしまうことです。胃ろうをつけたことによって、「最後に食事をしたのは数年前」という患者が数多く生じています。


在宅療養後の再入院に備えて~診療情報提供書・看護サマリーの入手


退院後の在宅医療~問われる本人・家族の意思では、本人の退院後にスムーズに在宅医療に移行するため、家族として注意すべき点について記しましたが、ここでは「本人の現在の病状にかかる医療情報」を家族が用意することの大切さについて、ご説明します。

病院を退院した後、どの在宅医(在宅医療チーム)に訪問診療等をお願いするかの「探し方」については在宅医の探し方と、その注意点で述べたとおりですが、病状の悪化によって入院を再び迫られる事態になったとき、必ずしも同じ病院に再入院できるとは限りません。


同じ病院なら仮に担当医が交代したにせよ、過去の(電子)カルテも追えるため、情報の伝達は比較的スムーズにいくでしょう(ちなみに医師法上の医療カルテの保存義務は5年間です)。

しかし、たとえば「退院後に在宅療養を続けていたが1~2年後に病状が悪化し、以前とは別の病院で入院治療が必要になった」といったケースにおいては、本人の現在の病状にかかる医療情報がなにより必要であるにも関わらず、きちんと揃えて医療関係者に手渡すのが難しいことが、現実には少なくありません。


相談を受けた側は、当然まず家族からヒアリングすることになりますが、家族は自分たちの感触や意見・あるいは希望を話におり混ぜてしまうことが多く、再入院に至るまでの正しい事実関係(病名・退院時の病状・退院後の経過等)を把握したうえで適切な病院・医師のもとに導くことは、仲介する側にとって容易なことではありません。


在宅医(かかりつけ医)がいる場合、入院までの手配を全面的にお願いすることも少なくないでしょうが、基本的に月2回しか訪問しない在宅医が、担当患者の過去の経緯や現在の療養状態について十分に把握しているとは限りません。

また療養中に担当の在宅医や訪問看護師が交代することも珍しくないため、本人や家族との十分なコミュニケーションがとれていない場合もあるでしょう。


少なくとも在宅医療を始める以前にかかる本人の医療情報は、入院先の医療機関が変わった場合に備えて、家族としてもきちんと用意できるようにしたいものです。


在宅で行われる、主な医療処置(1)


在宅で行われるものであっても治療は「医療行為」であり、一定の条件下でのごく一部の行為を除いて、医師・看護師など定められた者以外が行うことは、医師法等で禁じられています。

「患者の家族」についても同様ですが、現在の法解釈上は「医師の適切な指導管理の下、目的の正当性・必要性・緊急性等定の要件に照らしそれを満たしているならば」、行った家族の違法性までは問わないとされています。

【PDF】医事法制に置ける自己注射に係る取扱について(厚生労働省通達)


したがって家族としても患者の日々の療養に関わる以上は、非常時は医師の処置を仰ぐにせよ、在宅医療にかかる基本的な知識を持つように努める必要があります。

在宅医療では通常、病状に応じた管理用の医療機器が自宅に設置されます。

在宅医の判断に応じて自宅で出来る医療処置は異なってきますし、また造設のため病院への再入院が必要になるケースもあります。


たとえば治療・身体管理のための管を体内に入れている場合に管が詰まったり抜けたりしないよう、あるいは処置に派生した感染等を起こさないよう、家族も日々のケア(医師法上の「医療行為」と区別して、「医療的ケア」とも呼ばれます)にかかる概要と手順について、ある程度理解しておく必要があります。


在宅で行われる以下の主な医療措置について、概要を順にご説明します。

(1) 輸液(点滴)による経管栄養
(2) 在宅酸素療法(HOT)
(3) 排泄管理
(4) セデーション(苦痛の緩和)
(5) リンパ浮腫・褥瘡の治療とケア


在宅で行われる、主な医療処置(2)


在宅で行われる、主な医療処置(1)の続きとして、以下の医療処置について解説します。


(3)排泄管理

消化器系・泌尿器系の病気で肛門や膀胱が閉鎖された人に対し、人工的な排泄口を造設するのが「ストーマ」です。

「ストーマ」には「消化管ストーマ(人工肛門)」や「尿路系ストーマ(人工膀胱)」があり、最初は病院で手術により造設されますが、造設後は特別な機器を使うこともなく、自宅で排泄の管理を行うことができます。

ちなみにストーマの保有者は「オストメイト(Ostomate)」と呼ばれます。

ストーマでは、排泄物をいったんパウチ(袋)に溜めてから捨てるやり方になるため、パウチの洗浄や皮膚のかぶれを防ぐための皮膚保護材の交換等の、定期的なケアが必要になります。

ストーマには永久的なものと、後から閉じることができる一時的なものがありますが、永久ストーマ造設を受けた方は身体障害者手帳の申請・交付によるストーマ用装具の給付申請等を受けることができます。また医療費控除や障害者控除の対象にもなります。


寝たきりでトイレに行けなくなった場合、あるいは前立腺肥大症等で自力での排尿が難しくなった場合などは、尿道から膀胱に管を入れ、設置したバルーンに一定期間尿を溜めておく「膀胱留置カテーテル」が造られる場合があります。

膀胱留置カテーテルでは一日に1~2回、パックにたまった尿を廃棄しますが、ドレーン(体内に溜まった尿を外に排出する管)の操作や、尿の色・量について日々の観察も必要になります。なおカテーテルは約4週間ごとに、新しいものに交換していきます。


在宅医療の現場で見かけることの多い膀胱留置カテーテルですが、カテーテル閉塞(カテーテル内がアンモニウム結石などで詰まる)や尿路感染症の発生リスクが高いため、安易に長期間の留置をせず、また設置後も早期の抜去を心がけるべきとされます。

しかしながら現実は、頻繁なおむつ交換や尿失禁対応が難しいなどのいわゆる「社会的理由」によって、長期間留置されたままのケースも少なくなく、尿路感染症のリスクを防ぎ難いことが問題とされています。



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