「在宅医療」とは、「病院以外の場所において」行なわれる医療のことで、年齢や自立の程度、あるいは持病の種類に関わらず利用できるものです。
「在宅」という言葉からは、医師が患者本人の自宅を往診する姿がイメージされがちですが、もちろんそれがメインとはなるものの、たとえば老人ホームやグループホームなどの介護施設で行われる医療行為もまた、在宅医療に分類されます。
ただし定義としてそうであっても、現実の在宅医療では60歳以上の高齢者が主となりますし、その自宅を医師や看護師が訪問して診療することが、ひとつの典型になっています。
そしてその終着点は、「住み慣れた自宅での安らかな看取り」ということになります。
「在宅医療」という用語そのものは、メディアで取り上げられる回数が増えていることもあって、一般にも知られるようになってきました。
この背景には、医療・介護に関わる社会保障財源がひっ迫してきている国が、これまでの保険制度にもとづく入院医療・施設治療を中心とした仕組みから、「自治体や地域との連携ネットワークを活用した、在宅医療の推進」へと、やや強引とも思えるほどの猛スピードで舵を切っていることがあります。
いわば「病院中心型」から「地域ケア型」システムへの移行を、全国レベルでできるだけ早く作り上げたい、ということです。
女性の平均寿命が86歳・男性は80歳と成熟した超高齢社会日本の国民医療費は36.7兆円(平成22年度実績)、この20年でおよそ1.7倍に増加しました。
その主な要因は「高齢化の急激な進行による高齢者医療費の増加」であり、70歳以上の高齢者にかかる医療費は、全体の4割強を占めています。
政府の試算によると2025年度の国民医療費は、現状の1.6倍の60兆円台に達すると見込まれています。
在宅医療の検討にあたってまず大切なのは、訪問診療を行ってくれる医師を探すことですね。
それはすなわち、自分の住む地域で在宅医療を行なう医師や看護師が所属する医療機関を見つけることです。
その要となるのが「在宅療養支援診療所(在支診)」、あるいは「在宅療養支援病院(在支病)です。
「在宅療養支援診療所(在支診)」は、2006年(平成18年)に制度化された、以下の要件を満たすことを条件に認可される医療施設です。一般の診療所に比べ、診療報酬が高く設定されています。
・患者の担当医または看護師が、患者とその家族に24時間連絡を取れる体制を維持する。
・患者の求めに応じ、24時間往診の可能な体制を維持する。
・担当医師の指示のもと、24時間訪問看護のできる看護師あるいは訪問看護ステーションとの連携体制を維持する。
・緊急時に連携する保険医療機関で検査・入院時のベッドを確保し、その際に円滑に情報提供がなされること。
・在宅療養についての適切な診療記録管理がなされている。
・地域の介護・福祉サービス事業所と連携している。
・年に一回、在宅で看取りをした人数を地方厚生(支)局長に報告する。
通常の診療所や病院では、何かあっても診療時間外で連絡がつかなければそれまでです。在宅療養支援診療所は「24時間必要に応じて、他の病院や診療所・薬局・訪問看護ステーション等との連携を図ることができる」点に、その強みがあります。
2010年の在宅療養支援診療所の届出数は12,487件となっており、3年間ほど横ばいに近い微増傾向が続いています。人口10万人あたりでみると、大阪府・広島県・長崎県などが多く、逆に千葉県や富山県などが少なくなっています。
在宅医療の最近の動向【PDF】(厚生労働省)
訪問診療医(在宅医)を中心に、多様な職種の人々が連携して提供される医療サービスが「在宅医療」です。
これらの職種の他にも、訪問リハビリに関わる理学療法士や作業療法士・言語聴覚士、そして日々の介護・在宅療養に関わる栄養士や担当ケアマネジャー・訪問ヘルパー、さらには鍼灸師・マッサージ師等も、在宅医療をサポートする職種と言えます。
訪問リハビリテーションとは~概要と今後の課題
さらに行政や地域との架け橋として地域包括支援センター・社会福祉士・民生委員らが提供するサポートも、広い意味での在宅ケアに含まれます。
ちなみに国は、在宅医療連携拠点(在宅療養支援病院・在宅療養支援診療所・訪問看護ステーション等)を中心に置き、地域における医療・介護の専門家や民間ボランティアとの連携を強めた「多職種連携」を推し進めることによって、在宅医療の全国的な普及をはかっていく方針のようです。
在宅医療・介護の推進について(厚生労働省)
以下に、在宅医療チームを支える主なスタッフの業務内容を記します。
【在宅医(訪問診療医)】
病院・在宅療養支援診療所に所属する訪問診療医を指します。 チームによって行われる在宅医療・在宅ケアの中心的役割を果たします。
通常の経過観察・検査・治療だけでなく、病院と連携した(再)入院の手配やターミナルケア(終末期医療)、看取りまでも行いますが、活動する地域や所属する医療機関あるいは医師によって、実際の業務にまだ相当の幅があるようです。
いわゆる「かかりつけ医」とは、必ずしも同義ではありません(訪問診療とは 在宅医とかかりつけ医 ご参照)。
在宅医は月に2回以上の定期的な訪問、さらに緊急時や夜間往診を含めた24時間対応が、法律で義務づけられています。
在宅医療にかかる費用について、利用者として知っておきたい点を整理します。
在宅医療(訪問診療)は、医療保険が適用されます。
訪問診療の費用は、「訪問診察料」×回数分+「在宅時医学総合管理料」が基本になります(個々の項目は、以下でご説明します)。
利用者が支払うのは医療保険の自己負担分、すなわち70歳未満はその3割、70歳以上は1割になります。
(ちなみに自宅ではなく施設に入居して訪問診療を受けている場合は、「在宅時医学総合管理料」が「特定施設入居時等医学総合管理料」に変わります。)
ただし介護保険の利用者は、この金額に「居宅管理指導料(290円/回、ただし月額580円が上限)がプラスされます。
これは患者や家族への療養生活上のアドバイス提供・指導に関わる費用です。
なお何種類もの医療機器を使っていたり、あるいは末期がんの場合や定められた要件を満たした看取りが行われた場合には、さらに別途の管理料や看取り加算が追加されることがあります。
基本的に、「病状が重く慎重な体調管理が必要になってくるほどに、訪問診療費用も多くかかる」と考えておくとよいでしょう。
逆に病状が安定しており、月2回の定期訪問による体調管理が主というケースでは、保険が適用されている限り大きな費用負担が生じることはありません。
また健康保険の自己負担限度額には上限がある(高額療養費制度)ため、費用が青天井になることを心配する必要はありません。
高額療養費制度を利用される皆さまへ【PDF】(厚生労働省)
医療機器のレンタル等も健康保険の範囲内で収まりますが、もし健康保険適用外の機器や材料を使った場合は、自費による負担となってしまう点に注意が必要です。
ちなみに病気の種類にもよりますが、神経難病など一定の特殊な病気においては、申請することで費用の減免や免除がなされるケースもあります。詳細については退院前に、病院の医療ソーシャルワーカー等に相談するとよいでしょう。
在宅医療の費用(1)~訪問診療費について に続き、患者の在宅療養の中心ともなる「訪問看護」を利用したときの費用についてご説明します。
訪問看護ステーションからくる看護師は主治医の「訪問看護指示書」にしたがって来訪しますが、看護師だけの訪問も珍しくありません。
ただし訪問看護師だけが来る場合でも、必ず医師が出すこの「訪問看護指示書」に基づいてサービスを提供しなくてはなりません。
主治医が特にいない場合は、訪問看護ステーションの紹介する医師が、これを発行することもあります。
在宅医について適用されるのは医療保険のみですが、訪問看護のサービスでは医療保険と介護保険のどちらか片方を使うことになります(両方の併用はできません)。
と言っても、利用者が好きな保険を自由に選べるわけではなく、医療保険・介護保険のそれぞれにおいて、年齢と病気の種類(介護保険の場合は、さらに要介護度も加わる)によって区分された条件があり、それを満たしていなくてはなりません。
訪問看護ステーションの大部分はどちらの保険でも対応できるようになっているので、利用者としてもその点は安心です。
「国が保険の対象とする疾病」も、医療保険と介護保険で同じというわけではありません。
また双方で対象となっている疾病は、「介護保険が使える場合、まず介護保険からの給付を優先する」と、健康保険法で定められています。
医療保険と介護保険における「厚生労働大臣の定める疾病等」の取り扱いについて【PDF】(全国訪問看護事業協会)
在宅医療を担う人々と、その仕事 でご説明したように、在宅医療の中核を担う存在が「訪問看護師」です。
日本で就業している看護師は、全国で102万人弱(2012年現在)。その中で「訪問看護師」の数は、わずか3万人程度(2014年現在)に過ぎません。
国が今後の中核的政策として進める「在宅医療の強化」を考えあわせれば、その供給数は、現時点ですでに大きく不足しています。
「訪問看護」というサービスがほとんど機能していない市町村も、現状決して少なくないようです。訪問看護の求人に対し、希望する看護師の割合が圧倒的に少ない状況であり、需要と供給の大きなミスマッチが生じています。
在宅医療がなかなか普及しない環境下、在宅医療に関する自らの経験や知識不足から二の足を踏む看護師が少なくないことも、その理由の一つでしょう。
病院勤務なら、万一の時は医師やスタッフと相談しすぐに連携できる体制が用意されていますが、在宅医療では患者と1対1で向き合いつつ、自ら判断しなくてはならないケースがどうしても増えてきます。
また訪問看護の現場経験を積みたくとも、自分の勤務先が在宅医療にほとんど対応していない場合、本人の意思や努力だけでは難しいでしょう。
急性期病院では相変わらず看護師の不足感が強い状況が続いているため、勤務環境やキャリアを大きく変えてまで、在宅医療にチャレンジする動機が乏しい、といった心理的要因も大きいでしょう。
在宅医療の要となる訪問診療は、医師が定期的に(月に2回以上)患者の自宅を訪問し、必要な医療サービスを提供するものです。
具合が悪く病院に行けない状況で医師が駆けつける「往診」も、その仕事の一端となりますが、訪問診療は「在宅医療計画書(訪問診療同意書)」に基づき、より計画的な診療が行われます。
診療の前に本人の意向と病状を聞くのみならず、家族との生活状況や介護の状態、経済的な問題など本人をとりまく様々な点を踏まえ、関係者や家族とも相談しながら柔軟に診療を行います。
事前に決めた日時に患者の自宅に出向いて診療を行いますが、具合の悪い時だけでなく状態の安定している時にも訪問して、患者の体調管理やアドバイス等も行います。
よく耳にする「かかりつけ医」は、厳密には「訪問診療医(在宅医)」と同じではありません。
かかりつけ医は明確な定義のある用語ではなく、「普段から自分がお世話になっている(病院の)担当医師」の一般的な呼称です。ホームドクターとも呼ばれます。いくつかの病院でそれぞれの担当専門医にお世話になっている場合、かかりつけ医が何人もいることになります。
たとえば自宅近くの開業医に何年もお世話になっていて、自分の健康状態をよく把握してくれるだけでなく、頼めば自宅に往診にも来てくれる。このような開業医は、その患者にとっての「かかりつけ医」と呼んでよいでしょう。
ただしこの場合、かかりつけ医と呼ぶのはOKでも、訪問診療医(在宅医)でないことがあるわけです。
一方、「在宅療養支援診療所」あるいは「在宅療養支援病院」の届出を行った24時間365日訪問診療を行う体制を持つ医療機関に属する医師が、「訪問診療医(在宅医)」と呼ばれます。この場合は訪問診療医(在宅医)が、すなわちかかりつけ医ともなるわけです。
訪問診療とは 在宅医とかかりつけ医 で述べた「在宅医のなり手不足」が起きている背景には、何があるのでしょうか。
全国の在宅療養支援診療所の届出数は平成19~22年で2千程度しか増えず、やや伸び悩みが続いています。都市部での整備が進む一方、地方ではあまり新設が進んでいないようです。
在宅療養支援診療所(在支診)とは その概要と動向
在宅医の立場からみた場合、担当する患者の数が増えるほど、いつともわからない様体の急変に備える可能性が高まることになりますので、個人病院での対応が現実的に難しいことは、容易に想像がつきます。
医療機関側は24時間365日いつ患者の様体が急変しても対応できるよう、医師や看護師をスタンバイさせておかなくてはならないわけで、彼らの体力が持たないのは無理からぬことです。
在宅療養支援診療所の制度がスタートした当初は、届出をしながら夜間は電話に出ない等、24時間365日対応というのが明らかに看板倒れのところも、少なからずあったようです。
厚生労働省の発表では、「在宅療養支援診療所の医師の70%以上が、24時間体制への負担を感じている」との調査結果もあります。
かりに数名の交替制で対応するチームをなんとか編成できても、将来経営が軌道にのる前に先行して発生する人件費や施設の維持費負担に耐えきれるかといった「経営の問題」もあります。
細かな話をすれば、交通の発達した都市圏はまだしも、医師が患者宅に駆けつけるための手段が車しかなく、しかも居宅があちこちに点在しているような地方においては、医師が患者の自宅にたどり着くだけでも、結構なエネルギーと費用負担を要します。
(患者の目線でいえば、医療機関は「自動車で30分以内で到着できる距離」にあるのが良いとされます。ちなみに診療報酬上は、直線距離で半径16キロ以内の訪問診療でなければ、原則として保険は不適用です。)
仕事の厳しさゆえ、残念ながら在宅医療を始めてわずか数年で撤退する医師もいるようです。
自分の家族が暮らす地域で在宅医療を行なっている医師がいるのか、そしてその探し方について情報を求めている方は、少なくないでしょう。
まず現時点で本人が退院前か、あるいはすでに自宅で介護を行っている状態かでも、手始めとなるアクションに違いが出てきます。
現在入院中で、これから退院して在宅での医療ないし介護に移るという場合は、まず病院の「医療相談室」を訪ね、医療ソーシャルワーカー(MSW)に相談してみましょう。
彼らは地域の在宅療養支援診療所等を把握していますので、最適と思われるところをいくつか紹介してくれるはずです。
また介護保険の利用が必要な場合はMSWが手配をしてくれたり、地域の担当ケアマネジャーを紹介してくれたりしますが、介護保険の要介護認定の申請には時間がかかることから、入院時にすでにケアマネジャーがついているケースも多いはずです。
地域の在宅介護に携わるケアマネジャーは医療機関の情報も持っていることが多いので、あわせて相談してみるとよいでしょう。
ただしケアマネジャーが所属する介護事業所の意向を受けていたり、医療分野への関心が薄かったりで、必ずしも患者本人にとって最適な情報をもたらしてくれるとも限りませんので、一つの情報源だけに寄りかかって決断することはおすすめしません。
必ず複数の情報源にあたり、入手可能ならば利用者の評判や口コミなども参考にしつつ、比較しながら決めていくようにしましょう。
また、地域を担当する「地域包括支援センター」に相談するのもよい方法です。在宅療養支援診療所や訪問看護ステーション等の情報が集まっています。
地域包括支援センター
市町村の医療相談窓口でももちろんOKですが、特定の医療者についてよく把握していなかったり、あるいは恣意的な情報提供を避けるため単にリストを渡す程度のところもありますので、じっくりと相談にのってもらうには、地域包括支援センターのほうが良いでしょう。
「総合診療医」という職種あるいは医師について、皆さんはどの程度ご存知でしょうか?
総合診療医は、いわば「医療の何でも屋さん」です。
幅広い領域を診ることが想定されるだけでなく、様々な診療科に関わる専門性をある程度持ち合わせることも求められています。
そして「総合診療医制度」は一般に、「総合診療(プライマリ・ケア)を専門分野として医師を育成するシステム」と説明されています。
全国でも都市圏を中心に、「総合診療科」あるいは「総合診療内科」「総合診療外来」等の看板を掲げる医療機関が、徐々に増えてきています。
認定施設のご案内(日本病院総合診療医学会)
総合診療医がクローズアップされる理由が「国が全国的な在宅医療システムの整備を急いでいる」ことにあるのは、容易におわかりでしょう。
現在の外来診療における「フリーアクセス(どこの医療機関であっても、保険証一枚を提示すれば受診できる制度)」は、患者にとってもメリットの多い制度です。
と同時に、たとえば二重受診による医療費の増加や薬の過剰処方など、国の医療保険財政にとっての非効率さも指摘されています。
イギリスのように「まず、かかりつけ医を通してから」といったゲートキーパー的役割を総合診療医に担ってもらうべく、これからの地域医療・在宅医療において、その育成が急務とされているわけです。
在宅医療の普及を妨げる、在宅医のなり手不足
日本ではこれまで、一律の明確な定義にもとづく「総合診療医制度」はありませんでした。 いまでも総合診療医の認定基準も学会ごとにバラバラで、専門とする領域にも重複が生じています。
それぞれの医療機関や医師が「総合診療科」「総合診療医」を標榜し、診療の範囲や治療内容にはかなりバラつきがあるのが現状です。
そこで患者側が医師を選ぶときのモノサシとなるよう、2015年度の医師国家試験合格者から「総合診療専門医(以下、総合診療医と略)」が新たに加えられ、これまでの専門医制度が改められることになりました。